イベントの話

還暦を迎えた父へ DAY.248

60years old birh day

父が先日60歳(還暦)の誕生日を迎えました。

同時に37年間勤めた会社の定年を迎えました。

今日は私からみた父の話と、父に向けた話。

父の家庭環境

うちの父は、西東京市に2人兄弟の次男として、昭和30年(1955年)に生まれた。

祖父(私から見て)がどんな仕事をしていて、どんな人柄だったか分からない。私が物心つく前に亡くなってしまった為、あまり祖父の話を聞いた記憶がないが、父の家庭は平和だったと聞いている。

一方、祖母は非常に優しい人で、私が小学校低学年の時に亡くなってしまった時、親戚、友人、知人、近所の人たち含め、非常に多くの人が葬儀に訪れ、祖母の逝去を惜しんでいた。私は子供ながら、祖母が誰にでも優しく、誰からも愛される人だったということが、その葬儀の時理解できた。だから、当時は悲しかったが、惜しまれて逝った祖母を誇らしく思った。徳のある人だったのだと思う。

そんな祖父母に育てられた父は、幼少期と青年期を難無く(大変だったとは聞いたことがない)過ごし、大学を卒業して新卒である会社に入社した。

いつか父に、なんで今の会社に入ったか聞いたことがあるが、あまり明確な理由を聞いたことがない。ちなみに父の兄(私からみて叔父)も同じ会社に入っている為、私は叔父さんから誘われて、入社したのだと思っていた。

父の性格

父のイメージを一言で言うと、竹中直人渥美清を足して2で割ったような人だ。ちなみに父の同世代(昭和30年・1955年)には、先ほどの竹中直人、桑田佳祐、明石家さんま、江川卓、具志堅用高、アグネス・チャン。外国人だとビル・ゲイツ。

ちなみに、父の世代は俗にしらけ世代と言うらしい。

私が大学に入る位までは、非常に陽気な人柄で、いつもつまらないダジャレや親父ギャグを、挨拶代わりに飛ばしていた。一度、母方の親戚の結婚式で、司会をしていた父を見たことがあるが、陽気さに磨きが掛かって、ギャグの滑り具合もキレキレで、私は子供ながらその場から立ち去りたい気分になった。

近年は年を重ねてきたこともあってか、髪に加えて陽気さが減退し、頑固さに磨きが掛かり気難しくなったが、基本いつでも優しい。(うちは母の方がなにかと厳しく細かい)髪で思い出したが、祖父も父も叔父も、ソフトバンクの孫さんばりなヘアースタイルで、よく父からも「お前はもう禿げている」と脅かされ、子供ながら自分の運命を受け入れていた。

一方、従兄弟(叔父の子供)の方は、ハゲが本気で嫌だったらしく、幼少期から危機感を覚え、髪に悪影響らしいということで、辛子やショウガやワサビ等の香辛料系を食べなくなった。(私は逆に香辛料が好きでよく食べる)

従兄弟とは、年に2回くらい会うが、髪の後退具合は私と同じくらいだから、髪への影響はあまり関係なかったのだと思う。

髪の話で逸れてしまったが、父は酒を飲まない。タバコは私が高校に入る位で辞めた。

私が中学の時、母に内緒で夜タバコを吸ってたところを、寝ぼけた私が発見した。焦った父は私に「小遣いやるからお母さんには言うな」と言って、息子を金で買収しようとしていた。今だと笑える。

そんな父なので、基本的に家庭の教育方針は自由で、お陰で自由に生きてくることができた。

父の趣味

私が社会人になる位までは、父には趣味と言えるものは殆どなかったと記憶している。

基本的に休みの日は、TSUTAYAで借りてきた映画を見ているか、母とどこかに出かけていた。

映画といえば、昔から釣りバカ日誌男はつらいよが好きで、よく休みの日にソファにソファで映画を見ながら、「あぁ旅行したいな。。」と呟いていた。

そんな父もここ5,6年位で、母と山登りや旅行にもよく行くようになった。ちなみに、父の最も好きなTV番組は、ローカル路線バス乗り継ぎの旅だと、私は勝手に思っている。

父の仕事

父はわりと家でも仕事の話をする人で、母にその日あったことを、夕食の時間に話していた。父から仕事に対する情熱とかやる気について、聞いたことも話しているところも記憶がない。

そういうことも関係してか、私が大学に入る位の頃、父と何かで喧嘩した時に面と向かって、「父の仕事を尊敬できない」と言ってしまったことがある。

父なりに仕事に対するこだわりや、信念があったにも関わらず、言ってはいけないことを言ってしまった。

すまん父よ。

父へ

雨の日も風の日も嵐の日も、電車で片道1時間半以上掛かる都心にまで、通勤してくれた。

ありがとう。

37年間ずっと同じ会社に勤めてくれた。

ありがとう。

37年間。辞めたいと思ったことがあったかもしれないけど定年まで勤めてくれた。

ありがとう。

何不自由なくここまで育ててくれた。

ありがとう。

37年間家を守ってくれた。

ありがとう。

ありがとうございました。

私にとってあなたは世界で一番偉大です。

これからも長生きして下さい。

本当に長い間。お疲れさまでした。
ささやかですが還暦祝いにこれをプレゼント。帰ったら改めて祝います。

 

富田 博之

富田 博之

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富田 博之(とみた ひろゆき)
ミャンマー現地採用(日系ミャンマー現地法人責任者)。
ミャンマーの人口最大の都市ヤンゴンで、2015年7月1よりコンサルティング事業立ち上げ業務に参画中。1986年9月生まれ。寅年、天秤座、A型。東京都西東京市出身、埼玉県所沢市育ち。

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