俺の歴史の話

私の夢と目標!海外で働くことを選んだ理由 DAY.195

こちらミャンマー、ヤンゴンの現地採用@Hiroyuki9Tomitaです。俺の歴史シリーズも15回目となりました。
うち(ヤンゴン38th Street)の近くにある教会。先週の日曜日近所を散歩している時に発見。
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何式というんでしょうかね。外観キレイめです。(ミャンマー的に)
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内観はこんな感じでした。

住む場所

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住んでいた場所に関しては、以前の俺シリーズで書きました。

これまで住んできた場所は、

東京都西東京市→東京都東村山市→埼玉県所沢市→東京都中野区→東京都文京区→ヤンゴン←いまここ

ご覧の通り東京と埼玉県しか住んだことがなく、28年間関東圏を出たことがなかったんです。
先日は環境の激変ぶりに耐えかねて、ホームシックにかかりなりましたがw、今は平常心を取り戻しつつあります。

 

住む場所についてなぜ今書き始めたかというと、
そもそも何で自分が海外で働くことを選んだのか」を、過去を振り返りながら、考えていたからです。

 

私が海外で現地採用として働く理由

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結論を一言で言ってしまうと、

 

日本より海外で働く方が「自分の人生をより豊かにできる」と仮定したからです。

ここで私が言う「人生の豊かさ=人生の幸せ」は、自分のする仕事が人の役に立っているかに、比例して上がっていきます。
結局のところ私は、仕事で人様の役に立ててこそ、自分の存在意義も感じられます。(まあこれ当たり前のことなんですけど)

 

で、君はどんな仕事をして人様の役に立ちたいんだ!?
という話で、

私は「日本のビジネスパーソンが当たり前のように海外で働き、世界中で活躍しているような未来づくり

これが私の夢であり目標です。

 

言い方を変えれば、日本の新卒でも社会人何年目でも、どんな仕事に就こうかを考えた時に、どこの企業で働くという選択肢に加えて、
どの国で働くという選択肢自体を増やしたい。

例えば、

・俺来年からアメリカで働くよ
・私は来月からシンガポールよ
・あいつは再来月から南アフリカらしいぜ

 

みたいなカジュアルな会話を、もっと増やしたいんですよね。

 

海外で働くことが、今や珍しいことでは無くなったとはいえ、私のように海外に居を構えて働く人は、全体から見れば、まだまだまだまだマイノリティー。

 

マイノリティーな理由は、それなりの理由があるから、そうなっている訳ですが。

 

先ほど言った、「日本人が現状より多く海外で働き、世界で活躍するような未来」が実現すれば結果として、
そんな人材を世界に多く輩出できれば、日本という国への貢献になると思っています。

 

それなら普通、日本に本社がある海外進出支援企業なり、海外現地採用専門人材エージェントで働けば?という話ですが。

 

私が思うに、その支援なり紹介をする人自身が、海外で働きそこで実績なり、成果なりをきっちり出していないと、おかしいと思っています。

 

こういった理由で自分は海外で今働いています。

前職時代の心境

「日本人が当たり前のように海外で働き、日本人ビジネスパーソンが当たり前のように世界各国で活躍しているような未来を作りたい」

偉そうなこと書いていますが、なぜそんなことを私が思うようになったのか。

 

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前職(日本)で働いていた時に、一時期陥った謎のロジックは、

今の会社にいても仕事がつまらない→これがあと30年近く続く(イメージ)→これは人生の終わりや(イメージ)→抜け出したい(願望)
以上のように、ザ・他責思考なロジックに陥りかけました。そんな頭で仕事をしていても、良いことなんて1つもなく、

 

「いやいやいや!!!それはただあなたの働くマインドとかやり方が悪いのでは!?」
と、至極まっとうな意見も頂き、「そりゃそうだ」と納得しました。

 

でもその一方でこうも思いました。

「そういえば俺って何で働いているんだっけ?」

「現状の仕事に全力を傾けられない代わりに、他の仕事なら全力でいけるのか?」

「自分がやりたいことって何だったのか?」と。

その時思い出したのが、就職活動の時の体験でした。

新卒の就職活動時代の心境
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新卒の就活前は、個人でアジアや、アフリカや中東を、フラフラしていました。

 

無駄に海外でフラフラしていたので、わざわざ日本に戻って、日本の企業に就職するという選択肢を、選ばなくてもよかったんですよね。今思うと。
なんならそのままどこかの国で起業なり、就職なりして飛び込むのも、ありだったのかもしれない。

 

でもそんな勇気がなかったんですよね。
ちなみに同じサークルで、日本以外で就職先を探している、かなりレアな人もいました。
その人は帰国子女で、仕事もできそうな感じの人だったので、予想通り有名な海外企業からも、内定を貰っていました。

 

その当時と今とでは、変化があるもかもしれませんが、個人的にみんな「就活」をする必要性に甚だ疑問でした。

 

私は特に優秀でもない上に、海外をフラフラしていて、ネジの抜けた感じの学生だったことから、就活ではエライ数の企業の面接を受けました。笑
その経験があって、前職の企業とも出会えて、今があるということは間違いないです。

 

でも、もし当時の自分に「海外で働く」という選択肢が、当たり前のように目の前にあれば、あれほど閉塞感を感じながら、就活を延々とやることも、なかったんじゃないかと思うんです。

この強烈な就活の原体験を思い出した時に、決めました。

これが自分のやりたいことだったんだと。

「日本のビジネスパーソンが当たり前のように海外で働き、世界中で活躍しているような未来づくり」

これです。

ということで、長くなりましたが、私が現地採用として海外で働くことを選んだ理由でした。

今日も狂って生きましょう。
ぶれない!投げない!止まらない!
挑戦こそ我が人生!!
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【編集後記】
長文を呼んで頂きありがとうございました。
富田 博之

富田 博之

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富田 博之(とみた ひろゆき)
ミャンマー現地採用(日系ミャンマー現地法人責任者)。
ミャンマーの人口最大の都市ヤンゴンで、2015年7月1よりコンサルティング事業立ち上げ業務に参画中。1986年9月生まれ。寅年、天秤座、A型。東京都西東京市出身、埼玉県所沢市育ち。

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